SF『火星のタイムスリップ』

フィリップ・K・ディックの『火星のタイムスリップ』(1964)読む。自由になりたくてもなれないキャラクター、現実と折り合うことのできないキャラクター、精神病とドラッグの幻覚で現実を歪めてしまうキャラクターたちの「闘争」がディックのシナリオを構成している。自由のための闘争といってもいいが、キャラクターはけっして現代社会に対して自由を勝ち取ることはできない。敗者の物語といってもいい。現代社会は架空の未来に設定されている。未来に設定したほうがイメージしやすいというのがある。精神病(統合失調症)、ドラッグによる脳の覚醒(幻覚、五感の変化)、超能力(時間を操作できる=タイムスリップ)、こういったSF的ガジェット(道具としてシナリオの拡張に貢献)をキッカケとして読者が信じている現実認識を言語のイメージで変化させることがディックの目的であるのかもしれない。社会から隔離された意識のなかでもがき、自由を夢見ながら、それに到達することはできない。あるとすれば死後ということになるがそれにたいする保証も希望もないというわけである(後期になると幼稚な発想にもとづいた神秘思想の探求にむかう)。

火星のタイム・スリップ (ハヤカワ文庫 SF 396)

火星のタイム・スリップ (ハヤカワ文庫 SF 396)