漫画『ライフ』19

愛海と歩の確執もクライマックス(刃物沙汰)に達した前巻からの展開ですが、やはり歩の快進撃がとまりそうにありません。母親との涙による和解も成立し、学校側の無能な教師たちの間ではイジメがあった事実を受け入れざるを得ない状況になってきました。もはや19巻までくるとイジメの問題を超越しちゃっています。いじめっ子の愛海は権力の行使(父親)を放棄し、友人やクラスメートからも孤立された立場に追い込まれてしまいました。しかし、父親に歩をいじめていた事実を告白する直前の愛海の表情から察するにまだまだ戦闘態勢は維持しているようです。19巻はこのヒトコマにやられてしまいました。悪いところがなんかエロいのです。それでも愛海が劣勢状態なのは疑いないことなので、ここで歩の親友羽鳥さんを学校から転校させることになるようです。。それにしても愛海がここまで開き直っちゃうと後が続かない気もするんですが、歩との関係が新しい局面を迎えることは間違いなさそうなのでこれからの話も非常に楽しみです。さいきん今更なんですが海外TVドラマの『24』と『プリズン・ブレイク』にハマっていて何が面白いんだろうなーと分析していたら、主人公が選択する選択肢(二者択一)があってそのどちらを選んでも最悪な選択しかできないだろうなっていう状況のなかで生きているからで(しかしどちらかを必ず選ばなければならない)、最新情報機器を使いこなす『24』のジャック・バウアーにしろ、監獄の制限された空間のなかで人間と道具と頭を使って問題を解決する『プリズン・ブレイク』のマイケル・スコフィールドにしろ通常人よりは上の体力と知能を持っているんだけど、その個性は絶対的には肯定されない仕組みになっていて、ミッションが変更され変更されていくなかで人と人の関係のなかでそれぞれの事情や立場が明確になってくるなかで臨機応変な行動が重視されてくる。だから主人公であって、正義だとか純粋な目的を掲げていても相手側からみれば「それは俺の利益にならないからお前を殺す」とおもったり「お前とは利益が共通するから協力しよう」ということになる。それで、相手が裏をかいている可能性もあるので主人公は自分と家族だけしか信頼しなくて協力者であってもそのなかにスパイがいたり時としては感情的なもつれ合いが原因になり人間関係を妨害することになる(キャラクターは一対一というより第三者が二者の間に介在して初めてバランスがとれるようになっている。冷戦期のパワーバランス、三すくみ、三権分立など。利害が絡まって増殖する関係者同士で最良の判断を思考するゲームが面白いのもこれが基本)。『24』はそういうやり取りが面白かったりする。人と人が関係するときは社会的な利害関係が前提になっていると思うんですが、中東の戦争(キリスト教国×イスラム教国)や中国、ロシアと独立派少数民族の紛争、アフリカの内戦など、戦争をするときは人と人の関係が話し合いで解決できなくなったときは習慣上、暴力で解決するしかないということなんだけど、アメリカのTVドラマを観ていると必ずしも強者が肯定されるわけではなくなってきた、とアメリカ国民は気づいてきているのかなとかんがえたりしています。これは映画のなかでも昔は純粋なヒーローだったバットマンスパイダーマンが悪役に転じてしまう内容からみてもおもうんだけどアメリカのjusticeってなんだったんだろうな、、と。イラクに訪問したブッシュがイラク人記者の投げた靴を二足とも身軽に避けるシーンは西部劇の活劇っぽくて笑えたんだけど、、小泉と同じく後世の評価は何がしたかったんだろうな、っていうかんじなんだろうとおもいます。そもそも「悪」なんてものは相対的なものに過ぎないし、二者択一の選択肢においても絶対的な判断など存在しないのだから、いちいち迷わずに決めるべきなんですよね。と己を戒めておきます。

ライフ(19) (講談社コミックス別冊フレンド)

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